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信長は、真剣さの中にも やや焦りが見え隠れする面持ちで答えた。
「承知つかまつった。ではこちらも明日より、万全を期して貴殿の御居城をお守り致しましょうぞ」
「よろしゅうお頼み申す」
しかし、その日の夕刻。
出陣前の最終打合せを兼ねた軍議の席で、居並ぶ重臣たちの最前に控えていた筆頭家老・林秀貞が
「──此度の戦、我らは出陣など致しませぬぞ」瘦小腿
突として出兵を拒んだのである。
「佐渡よ。今、我らと申したな。我らとは誰ぞ?」
他の重臣たちが困惑の声を上げる中、信長は動じることなく秀貞に伺った。
「無論、某と弟の通具にございます」
「美作守か…」
信長の冷やかな眼差しが、強張った表情で身構える通具の横顔に注がれた。
通具は何も答えず、ただ一礼のみを返す。
「理由(わけ)を聞こう。美濃軍が参り次第出陣すると申しておいたはず。何故に今になって出陣せぬなどと申す?」
「……」
「信勝との家督争いのことを、根に持ってのことか?」
「それもありまする」
秀貞は、この場で斬られても本望と言わんばかりの、敢然とした面を信長に向けると
「畏れながら殿は、この織田家を破滅に追い込むつもりなのですか !?」
重々しい口調から一転、人間味を感じさせる声色で訴えた。
「美濃軍にこの城の留守を預ける旨、某は承服出来ぬと幾度も申し上げたはず!
にも関わらず、左様な大事を何故お一人でお決めになられました !?」
秀貞の不服はこの点に尽きた。
如何に同盟国であろうとも、己の居城を他国の軍勢に任せるなど前代未聞である。
共に出陣して戦うのならまだしも、完全に留守を預けてしまうのだから、当然 斎藤家の裏切りを危惧して秀貞はこの案に反対の意を示した。
ところがこれを、信長はほぼ独断で決してしまったのである。
「美濃をその掌中に治めるまでに、道三殿が数々の謀殺や謀略を繰り返して来たことは、殿もようご存じにございましょう !?
出陣後、この城に残せる織田の家臣はごく僅かにございます。万が一にも美濃軍に裏切られるような事態に陥れば、我らは帰る城を失う事になるのですぞ!」
「元より承知じゃ。それも覚悟の上で親父殿にお頼み申した」
「分かっていながら何故…!城を失うだけならまだしも、そのような最中に敵に攻撃を仕掛けられでもしたら、助かる見込みは無きに等しいのですぞ!」
「案ずるな佐渡、蝮の親父殿は儂を裏切らぬ」
「如何なる理由から、左様な断言をなされまする !?」
「儂がひとえに親父殿を信じておる故──それだけじゃ」
「“信じているから”とは……殿、ご冗談で申しているのでございましょうな?」
「いや、儂は本気じゃ。佐渡、信じる心を失のうたら男は終わりぞ」
場に似合わぬ揚々とした口調で告げる信長の前で、秀貞は大きく肩を震わせると
「…話になりませぬ…。通具、参るぞ!」
とうとう一言も発さなかった弟を引き連れて、苛立たし気にその場から去って行った。
「…と、殿、如何致しましょう !?」
「佐渡守様が出陣せぬとなると、兵の数が足りなくなりまするぞ!」
「お引き止め致した方が宜しいのでは !?」
「殿は“ただのうつけではない”と、そう評されたのは姫様ご自身ではございませぬか。
私も姫様と共に、あのお方の優れた一面を間近で拝しておりまする。大丈夫。
殿ならばきっと、その隠れた才を活かして、どのような窮地からも見事に抜け出されましょう」
「…三保野」
「殿のお味方になると決められたのは姫様です。最後までお信じになられませ」
三保野の強く優しい言葉を受けた濃姫は、瘦小腿 ふいに、自身の腹部へと視線を落とした。
姫が纏う艶やかな小袖と帯の間に、道三の短刀が挿してある。
「……殿を信じる…」
濃姫は呟きながら、スッと短刀を帯の間から引き抜くと、それを両手で静かに握った。
「姫様。それは確か、美濃の殿から賜った御刀では?」
「そうじゃ。輿入れ前に父上様から直々にいただいた物じゃ。
先達てこれを、殿が所望なされてのう」
「まぁ、あのお方が?」
「一度は殿への忠誠の証に差し上げようとした刀なれど、此度は理由が理由であった故、渡すのを躊躇っていたのじゃが……」
濃姫は急に黙り込み、実に真剣な表情で短刀を眺めた。
今度刀を信長に渡せば、もう二度とこの手に戻って来ることはあるまい。
完全に作り直され、使い途もまだ分からぬ幼い義妹の手に渡ってしまうのだ。
寂しい気持ちは十二分にあるが、一方では、それも良いではないかと前向きに考える自分もいた。
この短刀を“何にも代え難い物”としていたのは過去の己である。
信長に寄り添い、彼の天下統一の夢を見届けると心に決めた自分が、
今 最も大事とするべき物は、果たしてこの短刀なのだろうか?
濃姫は暫らくその場に佇み、静かな面持ちで思案した。
「姫様、如何なされました?」
三保野が心配そうにその顔を覗き込むと
「そうじゃ……そなたの言う通りじゃ。殿を信じる以外に、今の私に何が出来よう」
濃姫は意を決したように頷いた。
「三保野」
「は、はい」
「急ぎ表御殿へ引き返し、殿の近習の者に伝えよ。今宵私が、殿に寝所へのお渡りを願ごうているとな」
夜四つ──。
奥御殿にある夫婦の寝所では、白い夜着姿の濃姫と信長が、神妙な面持ちで膝を突き合わせていた。
二人の膝と膝の間には、道三の短刀が鞘を信長の方に向ける形で置かれている。
「…そなた、本気で申しているのか?」
「無論にございます。この御刀、殿に差し上げまする」
姫が迷いなく告げると、信長はふむと腕組みをした。
「どういう心境の変化じゃ? この前はあれほど渡すのを躊躇っておったのに」
「別に躊躇ってなどおりませぬ。ただ、一度返して下された物を、殿がまた急にくれなどと申されます故、少々戸惑うただけにございます」
「まことか?」
「はい。ですからどうぞ、お市様の贈物に作り直すなり何なり、殿のお好きなようになされませ」
「…左様か…。ならば良いのじゃが」
信長は無造作に短刀を手に取ると、それをしげしげと眺め始めた。
せっかく所望した物が手に入ったというのに、信長はあまり嬉しそうな顔をしていない。
濃姫がどうしたのかと思い、声をかけようとすると
「濃…。今一度訊くが、美濃の蝮殿より賜ったこの刀を、本当に儂が貰っても良いのか?」
抑揚のない声で信長は再度訊ねた。
「それと松子に手当てされたいからと言ってすぐに負傷して帰ってくるなよ。」
元周にビシッと指を差されて入江の顔は無になった。行きたくないが早くこの場からは離れたくなった。
そして入江と他多数の隊士と小倉へ乗り込んで行った。それを見送った三津はちらっと元周を見た。目があった元周は首を傾げた。
「主人はどうしてますか?」 瘦小腿
三津が主人と言った事に目を見開いたが,すぐににんまり笑みを浮かべた。
「あやつはあやつで苦労しとるぞ。戦況報告を見て援軍をどこに送るや,幕府側の遣いからの対応に頭をずっと使っとる。あれはすぐに禿げるぞ。」
「禿……。まぁ頭丸めてもあの人はどこでも持て囃される事でしょう……。
それより戦中なのに遣いが来るの?何しに?」
「顔がいいと得やな。
遣いは和睦や停戦を求めちょる。あっちが折れたという事は事実上我らの勝利。あと木戸は表には出とらんから安心せい。
桂小五郎は未だ幕府が命を狙っとるけぇ隠しとる状態や。」
『そっか。やから改名したんやもんね。』
「浮気も出来る状態やないけぇそこも安心せい。」
「むしろこの状況でそんな事してたら殺意しか湧かないです。」
それにそんな事心配している場合でもないだろうと,相手が藩主と言うのを忘れて睨んでいた。
「くくっ!いい目や松子。落ち込む姿は似合わん。ここも戦場や。強い意志を持て。伊藤行くぞ。」
颯爽と立ち去る元周の後ろを伊藤は慌てて追い掛けて,一度三津に振り返ってから頭を下げてまたその背中を追い掛けた。
『気を遣われた……?』
三津は去り行く背中を見つめた後,両手で自分の両頬をばちんっと叩いて気合を入れた。
『吉田さん,兄上,武人さん見てて。私もしっかり頑張るから。』
胸の前で手を合わせ,祈りを捧げてから三津は自分の持ち場に戻った。
「木戸さん勝海舟殿が対話を求めておりますが如何がなさいますか。」
遣いの者が書状を手に桂の元を訪れた。桂はそれを手に取りざっと目を通した。
「勝先生直々に私と話とは有り難い事だね。だけど悪いね。桂小五郎と言う男はもう長州藩にはいない。そんな男は長州に居ないと伝えてくれ。」
『あーあ面倒臭い立場だ。先生を疑っちゃいないが今幕府側と接触は出来ないよ。この戦が長州の勝利で終わるまでは。
……三津はどうしてるだろうか。巻き添えなど食らってないだろうか。』
「なぁ小倉口は膠着状態か?」
「いえ,一進一退の攻防です。肥後藩も最新鋭の武器を所持しているとの事。」
それを聞いて唸り超えを上げた。『これ以上長引いて援軍を送り込まれたら厄介だな……。だがまだ小倉城であってこちらへの進軍は阻止してる。晋作踏ん張れよ。』
「晋作っ!」
「九一っ!とうとう来たな。」
「状況は。」
「見ての通りよ。肥後藩がアームストロング砲持っとるんが痛手やな。でも何か様子が変なんや。どんどん攻撃の手が弱まっちょる。何かの作戦かも知らんから様子見ちょる。」
確かに激戦と聞いて来たのにどちらかと言うとこ膠着状態に近い。五万程いた兵もこちらが潰して減ったとはいえ,少な過ぎる気がした。
「高杉さん!高杉さん!報告します!大阪城にて出陣していた家茂公が亡くなられたと!!」
「あ!?死んだ!?将軍がか!?」
桂が白状した三津への付き纏い行為に広間は静まり返った。
「三津さんこの人も大概変態やわ。いいそ?こんな人の傍におっていいそ?」
文は三津の肩を持って目を覚ませと前後に揺らした。すると三津の目がどんどん潤んで湧き出た涙が零れ落ちた。
「ほら!恐怖で泣いちょるぞ!桂さん離れり!」 瘦小腿
高杉がどさくさに紛れて三津の肩を抱いてしっしっと桂に向かって手を払った。
「違うんですぅ……嬉しいんです……小五郎さんそこまでして近くにおろうとしてくれたんやって思ったら……。」
「……は?こりゃ嫁ちゃんの男運やなくて嫁ちゃんの男を見る目がないんや。」
そう言う山縣にフサが真顔でにじり寄った。
「姉上を悪く言わないでください。桂様の行動が異常でも姉上はそこに愛を感じたんですからいいんです。」フサは異常なのは桂であって三津ではないと山縣に何度も繰り返して唱えた。幾松はその傍らで桂に向かってしてやったりな顔をした。
『幾松より三津を選んだ事と出石での一件について腹いせだよな……うん,分かるよ分かる……。私を駄目な人間と皆に知らしめたいんだよな……。』
自業自得なので反論は出来ない。立場が悪くなった時のお決まり,胸の前で腕を組んで口を真一文字に結んだ。
「でも……壬生での生活も全部筒抜けやったのはちょっと怖かった……。」
三津はそう言えば知る筈もない事まで知られていたのは怖かったと当時を思い出して身を震わせた。
「幕府の動きを探る為に送り込んだ間者がいつの間にか三津さん専門の間者になってましたからね……。三津さんやっぱり白石さんのつてを頼って商人とか別の人と縁談もらいましょ?」
伊藤が今からでも遅くないと三津を諭し始めた。文も萩に戻っておいでよと口説いている。
「九一……いつからここは私の心を砕く場になったのだ?」
もう無理心が死んだと桂は項垂れた。
「私で良ければ慰めますよ?あの手この手で。」
「いらん!」
周りは敵だらけだ。唯一の味方は三津のはずだが三津は酔ってるから駄目だと諦めの境地に入った。そんな桂の元へ三津が歩み寄って正面に正座した。
「それでも……空っぽな私に中身をくれたのは小五郎さんです。
新ちゃんが死んでもて生きる意味失くした私を救ってくれたんは小五郎さんなんですよ。女たらしですけど。」
「最後の一言は余計だね。」
ちょっといい話に持っていってくれるのではと期待したのにやっぱり桂の心は打ち砕かれた。三津から浴びせられる女たらしの一言は一番効く。
「今のうちに言いたい事は言っときや?」
赤禰は三津に近寄ってまた少量の酒を与えた。
「武人さん呑ませ方上手いなぁ。三津の事知り尽くしてるみたいでなんか腹立つ。」
入江は笑みを浮かべながらも嫉妬の眼差しを赤禰に向けた。何となく殺気を感じた赤禰はなるべく殺気が漂ってくる方は見ないようにした。
「言いたい事は……沢山……。文句も感謝も伝えたい事はいっぱい……。でも言い尽くされへんから,これから長い時間かけて一つずつ伝えていくから,伝え終えるまで一緒にいてくれますか?」
その言葉を聞いて桂は参ったねと笑った。
「どうせなら酔ってない時に言って欲しかった。明日になれば忘れてるんだろ?」
三津は微睡んだ目で笑っている。
「最期まで一緒に居るから……その言葉をまた聞かせてくれ。」
三津はこくりと頷いた。微睡みながら頷いた三津が眠そうに目を擦るから桂は自分の膝枕で眠らせた。
まだ色々聞きたかったのに寝るの早過ぎなと山縣が文句を垂れた。
「私が答えられる範囲なら答えるよ。」
優しい眼差しにまた涙で前が見えない。ぐちゃぐちゃな顔を見られたくなくて,入江の胸に顔を埋めた。
僅かな隙間からも忍び込んで来る優しさに内側から支配されていく。
三津の腕は自然と入江の背中に回っていた。
背中にその感触を感じた入江は口角を上げた。
やっと三津が甘えた。自分を求めた。
こうなれば後はゆっくりと蝕んでいけばいいだけだ。今回の喧嘩は長引くと桂は覚悟していた。
だが予想に反してその日のうちにかたが付いた。打肉毒杆菌
『ごめんなさい,この件はこれで終わりで。』
帰宅した桂に向かって三津は笑ってそう言った。
泣き腫らした目だったが無理して笑ってる感じじゃなかったから気持ちの整理がついたんだと解釈した。
サヤから久坂が三津を連れ帰ったと聞いていたから,その道中で上手く諭してくれたんだろうと思った。
そして今も何事もなかったかのように藩邸に来ている。
「だーかーらー!奥さんにもなりませんし子供も産みませんって!」
「何でや!こんないい男他におらんやろ!」
「兄上の方が格段いい男ですぅー!」
「玄瑞は妻帯者やろが!妾に成り下がるつもりか!」
『何て騒々しいんだ……。』
桂の目の前で言い合いを繰り広げる三津と高杉。
三津を守るように両脇に座する吉田と久坂。それを壁にもたれかかって面白がってる入江。
いい加減高杉を長州へ帰らせるべく広間で話し合いの場を設けたものの,相変わらず三津を連れて帰ると言い張る高杉に苦戦中。
「なぁ一緒に帰ろうやぁ。」
「一応帰る気はあるんですね?」
頼むと手を合わせて三津に頼み込む高杉。胸の前で腕組みをしてうーんと唸り声を上げる三津。
「前に三津さんと河原で話した時点で帰らにゃいけんと思っちょった。
島原で壬生狼の話も聞いたけぇ後は三津さん連れて帰るだけなほっちゃ!」
「そんなん私やなくても……。」
「いけん!三津さんやないといけん!俺は三津さんに支えてもらいたいんじゃ。
見ての通り俺は突っ走る。」
「自覚あるんですね。」
「ある!しょっちゅう投獄されるし仕事で家も空ける。」
「全然傍に居てくれないんですね。」
「おらん!忙しいけぇなぁ!」
「じゃあ尚更私やなくてもいいでしょ!」
それには高杉はかっと目を見開いてずずいと三津に詰め寄った。
「違うぞ三津さん!
家で待っちょってくれるのが三津さんか別の女かで雲泥の差じゃ!
三津さんが俺の子抱えて待っちょるって思ったら俄然やる気も出るし下手な事せんと帰ろう思う。やけぇ俺と来てくれんか?」
『晋作の癖にまともな理由を並べたな。』
桂は顎を擦りながら,果たして三津が何と返すのかと静かに見守った。答えはもう分かっている。
『三津が私の傍を離れるはずがない。』
自分より高杉を選ぶはずがないと自信満々だったから,余裕で目の前のやり取りを眺める事が出来ていた。
「それだけ必要やって言ってもらえるのは有り難いですけど……。」
「三津を必要としてるのは俺も同じだからな。だからお前なんかにやらないよ。」
諦めの悪い高杉に苛立った吉田が口を挟んだ。
すると面白がって眺めていただけの入江も口を開いた。
「じゃあ私が三津さんが必要だから共に長州へ帰ろうって言ったらついて来てくれます?」
どうですか?と笑みを浮かべて三津の目をまっすぐ見つめる。
「なっ!」
三津の顔が赤く染まっていくのを見て入江はより口角を上げた。
「はっ,話が逸れてます!とにかく高杉さんは早急に一人で長州に戻って下さい!
吉田さんと入江さんは余計な事言わないで下さい!」
吉田は余計な事じゃないと不機嫌を極め,入江はごめんねとへらへら笑った。
「あと三日だけ猶予をやる。その間にやりたい事をやれ。それで長州に戻れ。いいか?」
これじゃ埒が明かないと最終的に久坂が案を突き付けた。